### １．はじめに *** 砺波平野の地名は、その成因である**庄川扇状地の開拓**と深くかかわっている。昨年12月、砺波散村研第５回例会において、近年、失われてゆく地名が多いことからその記録保存ができないか研究員諸兄に訴えた。その概要を記し、関係各位のご理解とご協力を仰ぎたい。
したがってその内容は、研究発表とかいうものではなく、日頃考えていることを、一般の方を対象とした小著『村々のおこりと地名』の中や、現在調査をすすめている砺波地方の大字、小字名などから、その一端を紹介しようとするものである。

### ２．失われゆく地名 *** 地名には地区名、大字、小字、俗称名と多くあるが小字名を中心に記述する。大字は旧村名であることが多く、砺波平野では荒地を開墾、村立てしたときの村名である。その村の中に小字があって、人名にたとえれば、大字が姓名、小字が名前というふうに解釈していいと思う。
私の住所は「庄川町青島」で、4,5年前までは字「下川原(したがら)」を名乗っていたのが、現在は字「麦田島」としている。私の小さい家の下に字堺があり、家は両字にまたがっているわけである。変更した理由をあえてあげると、下川原にある家が5,6軒あること、下川原という地名から受ける印象が悪いことなどであるが、それより青々とした「麦田島」、それも番地の数字のフィーリングがよいと思ったからである。
ところが同じ大字「青島」の中でも小字がなくなったところ、また、種もみの産地で有名な庄川町の旧種田村では、圃場整備事業前は74の小字があったのに、完成後の換地の際全部廃止されてしまった。
第1表は、圃場整備等による大字、小字の消滅を示すものであるが、砺波市、井波町、庄川町の3例である。
庄川町の種田地区については前述のとおりであるが、井波町の高瀬、山野地区もその消滅の度合いは著しい。砺波市の例をみると、830あった小字がちょうど半分の415となっているが、庄川右岸の安川地区などのように、圃場整備完了後といえども換地等の未整備な地区では、まだまだ小字が消滅されていくと思われる。また、この傾向は他町村でも同じことがいえるようである。 ![](https://das-tonami.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/das-tonami_geoa_tech/article/100/15_1/SaXIE9Em3AiWDZqEE7sM6eHpaA3IK7vSuAikaD9k.webp) ![](https://das-tonami.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/das-tonami_geoa_tech/article/100/15_1/cbqvTR1BWW3I6LzwPt5wcm0b0P2ZRHhsHlolpg63.webp)

### 3．庄川扇状地と流路の変遷 *** 「**地名は貴重な文化遺産**」であることを訴えるには、庄川扇状地の特色と流路の変遷について概説し、それが砺波地方の地名のおこりに深くかかわっていることを述べたい。
庄川扇状地等については、すでに多くの市町村史はじめ専門誌等に書かれ、特に散村研究については『砺波市史』などで尽くされている。
庄川扇状地を構成する支流として、**西から野尻川、中村川、新又川、千保川**があり、これらの川がそれぞれの時代において本流となって小矢部川へ注いでいたことはよく知られている。扇状地平野は沖積平野とも呼ばれ、それぞれの流れによってぼう大な土砂を運び、堆積を繰り返していた。治水工事も十分できなかった近世までは、豪雨ごとにその本流が変わり、せっかく開墾した美田も一夜のうちに押し流されるといった状況が続いたと思われる。
ところがいつの洪水でも被害の受けにくい微高地があり、その地は、肥沃で田地に開墾しやすく、その中心に開発拠点である住居を建てる。こうして**自然発生的に散居村が発達してきた**ことがうかがわれる。第1図　古代の庄川の流路（想定図） ![](https://das-tonami.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/das-tonami_geoa_tech/article/100/15_1/K6CONm8eRyueosztur04fRbemxJOvqpZeOhpbF9T.webp)
第2図　近世初期の庄川の流路（松川除築堤前） ![](https://das-tonami.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/das-tonami_geoa_tech/article/100/15_1/sVzUBIphLMkcwaETkw0Oujl1oqgMUUZvC2nGXT6k.webp)
沖積平野では200年に約1メートルの堆積がみられることは、砺波市の千代(せんだい)、庄下の宮村、中村で中世前の遺跡が発見されたことがそれを証明し、庄川が運びこんだ2メートルをこえる土砂の量に驚かされる。
完成後、半世紀になる小牧ダムが、近年土砂の埋没が著しく、貯水機能も低下しているという。貯水量は3,800万立方メートル、有効貯水量は1,886万立方メートルといわれていたが、仮に50年間に1,000万立方メートルの土砂が流されたとすると、堆積量はおよそ推測される。
前述の微高地を含め、扇状地の開墾をすすめた加賀藩農政、特に田地割制、改作法等についてはよく知られているが、散居村を持続させたものに「**引き地制**」あるいは「**替え地制**」があったことは今さらいうまでもない。
弁才天水下の村々は104ヶ村という記録がある。庄川扇状地の多くは小矢部川の流域に入るが、かんがい面積となると庄川が砺波平野のみならず射水平野の一部、さらに小矢部川左岸石動の福町あたりまで及んでいたという。いわゆるサイフォンにより庄川に水が小矢部川の左岸に引かれていたのである。
庄川扇状地の開拓は、前述のように野尻川、中村川、新又川、千保川のそれぞれ支流がその時々に本流と支流の変遷を繰り返えし、その廃川地が近世初期以降に開墾の対象となったわけである。これらの庄川の流路の変遷を物語る資料ほ多くあるが、代表的なものをいくつか記す。
井波瑞泉寺建立(1390年)を物語る綽如(しやくによ)上人の「**勧進帳**」に庄川の流路を示すかのように、広大な長河の流れが記されている。その内容は、"**北を顧みれば亦長河の渺々(びょうびょう)として波、真如(しんにょ) の色を湛ふるあり**”とある。このときの流路は現在の井波町の坪野から高瀬方面へ流れていたと想定される。
庄川が寛文10年(1670年)に松川除堤防エ事に着手するまでにも、**洪水による流路の変遷を示す記録**が多くある。
『加越能三ヶ国御絵図被仰付候覚書』は略称、『宝暦覚書』といわれているが、それには応永13年(1406年)「庄川、往古は小牧村の屈曲より高瀬村に落ち合い、川崎村へ至り小矢部川へ入り、鷲ケ島村の方へ流れ候ところ、この年の6月大洪水にて野尻川へ入り,それより追い追い東へ決流し、中村川また千保川へ落ち合い候事」とある。しかし、この覚書にある庄川の流路は、歴史時代においてどうしても考えられない。「小牧村」でなく「金屋岩黒村」なら理解できるが。
また、同覚書に天正13年(1585年)「庄川は藤掛舟渡場より青島村、高儀新村、五ケ村へと流れ申し候。しかるところ、天正13年11月29日大地震にて金屋岩黒村東の山、**庄川の**蛇島**と申すところに抜け落ち、庄川を堰留め、名ケ原村麓へ崩れ流れ候**。このときいまの川筋出来申す由にて、その節、捱神神社も流れ行き、若林のロ、水の宮村へ上りたもう由の事。」とある。
その後の記録として、寛永7年(1630年)に弁財天の西より入川し、庄川という大流川になったこと。承応2年(1653年)、千保川への流れが多くなり、藩は被害を少なくするため中田川(現在の庄川)のしゅんせつ工事を命じたこと。明暦元年(1655年)庄川の水流が千保川に決し、高岡瑞竜寺への被害防止のため、柳ケ瀬枡形川除御普請がなされたこと。寛文7年(1667年)、庄川、弁財天東の方へ入川し、ただいまの庄川(現庄川)になったこと。それ以前は、小さい川であったことがその主なものである。 (「柳瀬普請」については、本研究紀要第1号で佐伯安一先生が詳説されている。)
この天正13年の洪水で、初めて弁財天東側を突き破り、中田川筋へ流れこんだことになり、雄神神社の社地も流失し境内を東の栗林へ遷宮したことが雄神神社史に記録されている。このことから、現在の壇ノ城跡(庄川町庄)と弁財天島が結ばれていたことが想定され、現在の河床の露出した岩盤が対岸と結んでおり、また壇ノ山の南側直下を見ると、庄川が往時岩壁を洗っていたことがうかがわれ、それを立証している。
また、旧千保川筋の畑野新村、中野新村、五ヶ村、庄新村では昭和初期の頃まで「庄の貰い祭り」といって、庄金剛寺村(後の雄神村)の雄神神社の例祭の日に、農作業を半日休むという風習があった。これも庄川の流れの変遷を物・語るものといえる。
この流れの変遷を地名にみることができる。初期の庄川と小矢部川の合流地点と思われるものに「**川崎**」**「蓑輪**(ミノワ)」がある。蓑輪は庄川と小矢部川に挟まれていた地形的な形状から名づけられたものといわれる。松沢地区の「**小神**(オコウ)」は、オカミ(雄神)がオカウになまり、さらにオコウに転訛したものと思われる。
「小神」については、同地区に『宮家由諸書』があり、それによると「小神神明宮は庄川の大氾濫で流れついた雄神神社の御神体を祀ったのが発端で、そこら一帯を開墾し、初め雄神村と名づけた」と記されている。これは明らかに庄川の流れを示すもので、その他の地名に「水牧」「水落」がある。「牧」は牧場でなく、水が逆巻く「巻」のこと、「水落」は庄川が小矢部川に落ちこんでいたところで、これらはいずれも両川の合流地点を物語っている。

※　このページは、榎木淳一「庄川扇状地の開拓と地名」『砺波散村地域研究所研究紀要第2号』 (1985年)を転載したものです。

お知らせ

庄川扇状地の開拓と地名①

－失われゆく地名の保存を願って－