##### 松原遺跡の特徴 *** **松原遺跡**については、すでに『庄川町史』や『松原遺跡緊急発掘調査概報』などで、その状況がくわしく述べられているので、ここでは調査結果をもとにその特徴をみてみよう。遺跡の特徴は、遺物の中でも特に、縄文土器の分布状況とそのうつりかわりに見出すすことができるが、あまり専門的になるので、彼らがつくった集落の発達過程を中心に考えてみたい。
それには、住居跡の分布状況を知ることが先決である。といって、松原地内全域を発掘調査することは至難なことだけに、昭和四十九年秋、県教育委員会に委託、緊急発掘した松原地内、特に**第3地点**について考えてみる。
この調査によって、多くの遺物のほか、未掘二棟を含め**竪穴住居跡**が十三基、その他、使途不明のピット（穴）五基が検出された。特に西側中央部では、約二五〇平方メートル（およそ十二m×二〇m）の範囲に、住居跡一一が密集、重なりあっていることが判明した。またそのうち、住居跡内に炉跡をもつものは七基発見された。住居跡のうちで、特に注目されるのは4号住居跡で、一般に見られるものは短径・長径それぞれ四～六メートルが標準であるのに、4号は、南北に一一メートル、東西に約七メートルの長楕円形となっており、普通のものより約三倍の広さで、しかもその中には炉跡が二基あったものと推定される。この大形住居跡は、当時、県下では朝日町不動堂遺跡の大住居跡（長径一七m・短径八m）に次いで二番目の大きさであるとされた。
これらの調査・検討の結果、松原遺跡跡は**中央に空間**（広場）**を持つ、弧状集落の可能性が強い**ことが明らかとなった。しかし、弧状は連続するものでなく、三地点以上に分かれ、特に第３地点の住居跡の重なり具合、遺物の特徴から、集落は、大きく三基、こまかくは四段階にわたって構築された。住居跡は時期が下るにしたがって、小型化する傾向にあり、その中で特に、Ⅱ期bにあたる段階で三メートル級の小形住居跡（第8号）がⅠ期の住居跡にさらに深く掘りこみ、重なってあった。遺跡周辺には、同時期の規模の大きい遺跡はみられず、特定の台地を占有し、長期間生活が営まれたと考えられる。また第Ⅰ期に属する大形住居跡は本例外以外には検出されなかったが、不動堂遺跡など同時期の遺跡の例から単独存在は考えられず、大形住居跡を伴った集落構成を知る上でも、今後の広域調査に期待するところ大である。
なお、第3地点は、**縄文時代中期前葉**（上山田古式）にはじまり、**中期後葉**（串田新Ⅰ式）で終わるが、時期的に盛衰がみられ、松原Ⅲ期bの段階が最盛期であったと考えられる。この時期の土器群を松原式土器として新しく設定（標式遺跡）されたことは意義深い。石器については前述したように、膨大な量の石錘と、磨製石斧、擦石が多く、逆に、石鏃(せきぞく)（やじり）、打製石斧は少なかった。これは、動物タンパクを、後背地山々の獣類より、むしろ、大河庄川の魚類に求めていたことが明らかである。
さて、これらの調査結果を基に、庄川びとの生活文化について諸文献を参考に考えてみよう。

##### 庄川びとの生活・文化 *** 縄文時代の社会には、まだ**階級の差がなかっ**た。数戸または十数戸からなる集落の人々は、互いに力をあわせて暮らしていた。まわりの自然は山や川・海の幸に満ちていた。といえば、この時代の生活は楽園のようにみえるが、荒々しい自然にとり囲まれた彼らの毎日は、けっして安易なものでなかった。暴風雨・洪水・日照り・害虫の発生、また落雷などでおこる恐ろしい野火・・・・・。
狩猟・漁業の技術の発達していなかった早期・前期では、多くの家族が一カ所に集まって住む必要はなかった。むしろ、食糧確保のうえからは、人数はあまり多くない方が安全で、二戸、一〇人前後が共同生活を営んでいたと考えられる。中期となって集落の規模も大きくなるにしたがって、台地の縁辺にそって弧状あるいは馬蹄形に二〇～六〇戸の竪穴式住居が立ち並んだ。そして、中央に広場ができる。おそらくここは集会場として利用され、集落の祭りや会議の場となり、共同作業場ともなったであろう。こうして原始共同体が成立した。この共同体の多くは血縁関係がもととなり、そこには族長が集落の長となって、その指導のもとに助けあって働いた。
このように、集落の規模が大きくなってくる縄文時代中期以降の遺跡からは、しばしば石棒(せきぼう)と呼ばれる特殊な石製品が発見される。まるい棒の両端または一端にふくらみ（”くびれ”）をつけ、ていねいに彫刻したりして形をととのえた石器で、長さ一メートル前後の大形のものと、四、五〇センチの精巧なつくりものとがある。
松原遺跡からも第1地点から大形のもの、第3地点から後者のものが発見された。第3地点のものは下部が折れて、長さは二四センチばかりのものであるが、周囲の四面にそれぞれ、円と三叉文を組み合わせた彫刻が施してある。この用途としては、武器その他の実用の道具として考えられず、宗教的あるいは儀礼的な意味をもつ石器で、族長の権威を示すものとされている。宗教的といわれる理由の一つはその形が性器崇拝の対象とみられるからである。
一方、第3地点から**土偶**（土でつくって焼いた人形）が発見されている。腕部及び下半身を欠くもの大小それぞれ一点と、腕部のみが二点出土した。きびしく、荒々しい自然のなかで生きてゆくためには超自然的な力にたよらざるを得ない。この時代は、呪術の重んぜられる社会であったに違いない。呪術の力によって自然の暴威をなだめ、やわらげ、生活に安心感をもたらそうとしたと思われる。土偶の大きな特徴は、ほとんど女性の像であることで、縄文早期・前期に属する遺跡からの発見例は少なく、そのわずかな出土例でも、表現が幼稚で、乳房のふくらみで女性像であることがわかる程度である。
土偶の制作が写実的になり、精巧になる中期以後では、乳房を誇張したり、腹部を大きくして妊娠をあらわしたり、なかには女性の性器を示した土偶もある。これらの土偶が、単なるオモチャや装飾品でないことは、土偶の表現自体から感じられるが、特別の設備をつくり、土偶を安置した遺構が時々発見され、土偶が祭や祈りの対象であったことが推定される。
松原遺跡の第3地点の出土例でも、前述した三メートル級の、家族（三～五人）が住んでいたとは思えない小形の住居跡（第8号）と、少し時代がさかのぼる住居跡（第2号）との重複部から二個発見されており、小形住居跡は祭と関係があったものと推測される。土偶には手や足の一部のこわされたものが多いことは、病気やケガをしたとき、土偶をみ身がわりにみたて、悪くなったところに当たる部分をこわして、平癒(へいゆ)を祈ったのではないか、といわれている。
土偶は呪術の行われたことを示し、石棒は祭祀の具であり、同時に司祭者である族長の権威を示す品（シンボル）である。これらのことには前述したように、縄文中期に集落の規模が大きくなり、その人口が増加したことと関係があるだろう。自然の条件に恵まれたとはいえ、大きくなった村を維持してゆくのは、なかなかたいへんなことである。狩猟・漁業や木の実の採取のような、自然にたよる採集経済では、増加した人口に見合う食糧を獲得しつづけることは困難である。動物を濫獲(らんかく)すれば、その動物の繁殖をさまたげ、数年後には収穫量は激減することになるだろう。天候の不順な年がめぐってきて、一時的に収穫量が減少しても、人口が多いと受ける打撃も大きい。
しかも、中期の頃から気温は徐々に低下をはじめ、陸上の生物にとっては暮らしにくい条件がおこったのである。縄文人の平均死亡年齢は、縄文後期以後晩期にかけて低下、すなわち短命になったといわれている。これは生活環境の悪化を示している。稲作も行われていないこの時代、”庄川びと”にとっては、今では心地よい庄川嵐も、冷たく身を刺したであろう。こうして、庄川びとは、住み慣れた庄川の地を去り、暖かく住みよい土地に向かったのかもしれない。そのことは、庄川町域からは縄文後期、そして、新しい稲作技術と鉄器文化を持つ弥生時代の遺跡が発見されないことがそれを物語っている。
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※　このページは、榎木淳一『村々のおこりと地名』〈地名のルーツ＝庄川町〉（1979年）をもとに作成したものです。

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村々のおこりと地名③

〈地名のルーツ＝庄川町〉 榎木淳一

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