##### 東大寺庄園と雄神神社
奈良時代の東大寺は、律令(りつりょう)国家（公地公民制を基礎とする中央集権的国家）の保護政策のもとで**官大寺**(かんだいじ)として発展した。これらの寺院は、墾田私有制が認められ**占墾地使**(せんこんちし)を各地に派遣し、地方の行政官の協力を得て、田地の開墾を積極的に推進していった。東大寺は特に越中・越前（福井県）方面に大規模な庄園を展開した。
砺波郡の東大寺庄園は、従来、地方史的立場から多くの研究が蓄積されてきたが、その中心課題として多く取り上げられてきたのは、正倉院(奈良東大寺）などに残された墾田地図を用いた庄園の現地比定であった。しかし研究蓄積の多さにもかかわらず、庄川の氾濫による地理的景観の変化、地名、呼称などが現在の地名と直接結びつくものがないなどの困難な条件のために、未だに定説をみない現状である。墾田地図によると砺波郡の東大寺庄園は、北から順に**石粟庄**(いしあわ)・**伊加流伎**(いかるぎ)**庄**・**井山**(いやま)**庄**・**杵名蛭**(きなひる)**庄**の四庄であるが、いままでの説を総合判断すると、石粟庄は砺波市東般若地区東保から高岡市中田町今泉の地域に、伊加流伎庄は砺波市柳瀬・下中条方面に、井山庄は、庄川町雄神橋から三谷に至る現庄川の本流を含める地域に、杵名蛭庄は井波町今里・川原崎・戸板辺の地域に比定される。いずれにせよ井山庄が庄川町、特に雄神郷と関係が深いように思われる。この井山庄は、天平神護三年（七六七）三月、**越中員外介**(いんがいのすけ)（副国司級地方官）に任じられた**砺波臣志留志**(となみおみしるし)が、東大寺に献上した墾田一〇〇町そのものであろう。
さて、「**東大寺開田図**」は、東大寺が所有した庄園の庄域や開発状況をあらわしているが、そのなかに、しばしば地方神に奉献された神田が注記されている。これは庄園の開発や経営をすすめる際に、地方の名神の神威をかりて作業が順調に進行するよう祈ったあらわれであろう。天平宝字三年（七五九）の石粟庄開田図には、神田として**男神二反**とあるが、男神とは**雄神**のことであり、他に荊波神二反七二歩、浅井神・櫛田神それぞれ一反となっており、これらの各社のうち、櫛田神社（射水郡）以外は、砺波地方の式内社(しきない)である。また八年後の開田図には、新しく井山庄があらわれ、雄神四反、荊波神四反などが記されている。
石粟(いしあわ)庄は、かつて中央貴族の**橘奈良麻呂**(たちばなならまろ)が所有した墾田であり、井山庄は、前述した地方豪族の砺波臣志留志(となみおみしるし)が所有した墾田であった。それゆえに、これらの神田は、東大寺に奉献される以前からあったものと思われる。かつて、この両庄には周辺地域から農民がかり集められ、作業に従事したであろうが彼らの日常生活の中で、雄神神社は重要な役割を果たしたことであろう。と同時に墾田所有者にとって雄神神社への神田奉献の意義は重要であった。それは、所有者のいだいた神衹信仰の”あかし”にとどまらず、雄神をまつる村落やその首長層に対する政治的意図がひめられていたと思われる。

##### 大伴家持と雄神川の歌
”**雄神河くれなゐにほふをとめらし葦附**(あしつき)**とると瀬に立たすらし**” この歌は『万葉集巻一七』に「砺波郡雄神河の辺(ほとり)にて作れる歌一首」とあり、**大伴家持**（おおともやかもち)の越中万葉歌の代表的秀歌とされている。家持が越中の国司に任じられたのは、天平一八年（七四六）のことで、二八才の若さであった。大伴氏は代々部将として皇室の守護の任に当たった名族であり、家持は旅人(たびと)の子として和歌に長じていた。また、この頃の越中は能登を含めた「広域」越中時代であった。
さて、”**雄神河の歌**”の意味は、「見渡すと雄神川では赤い”もすそ”（腰から下をおおう着物）の色が美しく水に映えている。あれは少女らが葦附（食用）をとるため、川の瀬に下り立っているのであろう。」というもので、天平二〇年（七四八）、春の諸郡巡業の旅に出て詠んだ九首の中の第一首である。当時の国司の業務は地方民の勧農、収税の督励のほか、地方の神社などに参拝することが重要な任務となっていた。当時の砺波郡には雄神神社など式内社が各所にあり、その周辺には集落が発達していたことは前述のとおりである。
家持は射水郡の**国府**（今の県庁所在地）を出発、射水川から小矢部川の左岸を南に進み、さらに雄神川沿いに方向を東に変え、砺波郡の**郡家**(ぐうけ)（地方の役所）を訪ねたあと、高瀬神社に参詣、さらに歩を進め、雄神神社に近い庄川町地内で雄神川を右岸に渡ったものと思われる。この歌を詠んだあと、砺波郡から山越えで婦負郡に出て、鵜坂神社の近くで鵜坂川（神通川のこと）を越えて「**鵜坂河の歌**」を詠み、さらに新川方面へ向かった。このように家持の巡行路をみると、雄神川をはさむ雄神・金屋の両地区が、砺波地方の交通の要衝として発達、後の「藤懸(ふじかけ)の渡し」となっていったとしても不思議ではない。現在、雄神橋の上流右岸には民家はないが、少なくとも、松川除築堤がなされた近世初めごろまでは、集落が延長していたものと思われる。小字名の「上町」に、城下町の町並を想像しがたいが、その名ごりが感じられる。
ところで、中田橋の東詰（高岡市中田町）に家持の歌碑（雄神川の歌）が立てられ、万葉植物”あしつき”とともによく知られている。現在、”あしつき”の自生しているところは、中田町上麻生(あそう)など数か所、いずれも庄川中流で清水の湧出するところである。この”あしつき”が大正期（一九一二～）になって御旅屋太作氏によって植物学上の正体が解明され、万葉植物として発表され有名になったものであるが、近年になって異説が出されるようになった。それは、家持の詠んだ葦附(あしつき)は、現在中田地域で保存につとめられている”あしつきのり”でなく、全く違う川モズクの類であるということで、多くの著名な植物学者の賛意を得、今や定説にとってかわろうとしている。この川モズクの類ならば、雄神地内の庄川辺で採取することができる。
このように、前述の家持の巡行路と考え合わせ、家持が「雄神川の歌」を詠んだのは、中田地内でなく、まぎれもなく庄川町地内であったといえる。

※　このページは、榎木淳一『村々のおこりと地名』〈地名のルーツ＝庄川町〉（1979年）をもとに作成したものです。

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